今でも思い出す。あの悪夢のような事故。遺体の回収さえ困難とされた、何百人もの犠牲者。そこから薙は、ただひとり生きて保護された。「さすが災いが避けて通る女」だと、憎まれ口を利いたことまで覚えている。だがまさか、そのまま13年も昏睡しつづけるなどとは——。「現代医術における最善の手をつくしておりますが、意識の回復は今のところ……」。飽くほど聞かされても、諦めるわけにはいかなかった。薙は、唯一無二の存在なのだから。 藤井は、朱塗りの杯をふたつ懐に忍ばせる。一升瓶と刀を手にすると、重い腰をあげた。
シリーズ全話オムニバス。事実上スピンオフ設定の1話目、上下巻とも同時発売。設定資料・画像を公開中>>>http://laplace-d.x0.com